ダイアモンドプリンセス号事件について考える

投稿日:2020年4月2日

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ダイアモンドプリンセス号が仮に公海上にある場合、公海においては、船籍国であるイギリスが本船について管轄権を有し、船長又は本船所有者に感染防止のために適切な指示を与える義務があります(国連海洋法条約第94条)。これを怠るとイギリスに対して国家賠償請求が理論上可能になりますが、科学的知見に乏しい新型のコロナウィルスへの対応策については、よほどの落度がない限り、不可抗力(Force Majeure)とみなされ、過失責任を問うのは大変困難とみられます。

これに対し、本船が横浜港に入港して接岸してからは、日本の主権に服し、かつ日本の検疫に服することになります。外国から入国してきた船の検疫を行い、新たな病原菌やウイルスの侵入を防ぐことはどこの国でも行っている制度です。ちなみに、日本の検疫法の第一条は次のとおりです。

 

「この法律は、国内に常時しない感染病の病原体が船舶又は航空機を介して国内に侵入することを防止するとともに、船舶又は航空機に関してその他の感染病の予防に必要な措置を講ずることを目的とする。」

検疫法の対象となる疾病については、同法第2条に規定がありますが、現在新型コロナウィルスはこれに含まれています。したがって、日本政府は検疫を行って、新たな病原菌やウイルスが日本へ侵入することを防ぐべく行政権を適正に行使、すなわち検疫を適正に行う権利義務を有することになります。その具体的な方法については行政庁(本件では、検疫所長及びこれを指摘できる厚生労働大臣)に決定する権限があり、決定については行政庁が相当に広い裁量権を有します。裁量権を逸脱した場合、又は著しく不当な検疫(例えば、検疫を行わない、もしくは感染を防止する措置を全く行わないなど)が行われた場合には、行政庁に過失があるものとして、その被害者が国家賠償を請求することは理論上はあり得ます。もっとも、本件では、検疫やその他の措置が相当程度に行われているから、実際に可能かと言うと、科学的知見の乏しい新規の病原体であるから、どのような方法が効果的でどのような方法がそうでないかなど現時点でははっきりしてません。したがって、現時点で分かっている感染症の特徴に対する一般的な処置をとっている限り、結果的に良かったのかどうかの判断は極めて困難で、日本政府などに過失があるとするのは実際には難しいものと考えられます。日本政府には、陸上にいる日本の居住者を新たな疾病原因の侵入から守る義務があり、他方クルーズ船に乗っている乗客には、感染リスクの高いクルーズ船から感染リスクの低い陸上に上陸したいという相反した要求があるため、乗船者側の本国政府が自国民保護の立場を示すために日本政府を批判する事は外国政府の立場としては当然あり得ます。とはいえ、国際的な検疫制度として、疾病感染力の高いウイルスに感染した乗客を相当数載せている船舶からの乗客の上陸を拒むことは、一般的な検疫のあり方であるとはいえるでしょう。

もちろん、クルーズ船の乗客の立場に立てば、その負担や精神的ストレスは察するに余りあります。もっとも、3000人以上の乗客を完全に隔離するような施設が近くに準備されているわけでもなく、またそこまで安全に移動できるかなど、クルーズ船にとどまるよりも安全性が高まりかつ日本の居住者にリスクを与えない方法は具体的にはなかったものとみられます。なお、感染症に対する具体的な対応方法については、医師や感染症の専門家の判断・見解に基づき、検疫所長及び厚生労働大臣が決定します。今後は、このような収容施設を強制的に創出する目的、すなわち感染性患者の隔離のために宿泊施設を国が強制的に調達できるしくみを今からでも整備しておくことが重要だと考えられます。

船長及び運営会社の責任については、船長及び運営会社はクルーズサービス契約上、乗客に対しその健康と安全を確保するために相当の注意を払う義務、すなわち善良なる管理者の注意義務を負っています。したがって、疾病の発生・拡大に対してかかる注意義務を尽くしていたかどうかが問題となる。ただ、上記の通り科学的知見に乏しい新規のウイルスであるため、注意義務違反、すなわち過失があるとするのは容易ではないであろうと予想されます。この点については、船長や乗務員及び乗客の一定数から何らかの方法で事情聴取をし、ステートメントと呼ばれる陳述書、もしくは供述録取書を作成するのが望ましいでしょう。おそらく、この船の所有者、もしくは運営会社は何らかの保険に入っているものと思われますので、保険会社がそのような調査を行うのではないかと考えられます。また、船籍国であるイギリスは船内管轄権を行使する義務を負っているところ、この船内で起こったことを検証するために上記のような調査を行うべきであると考えられます。