取締役の競業避止義務について

投稿日:2020年5月17日

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 株式会社の取締役が、自己又は第三者のために会社の事業の部類に属する取引をしようとするときは、重要な事実を開示した上で、株主総会(取締役会設置会社の場合は取締役会)の承認を受ける必要があります(会社法356条l項1号)。これは、いわゆる取締役の競業避止義務といわれるものですが、その趣旨は、取締役の競業が特に当該会社が有するノウハウや顧客の情報などを奪うおそれが大きく、その結果会社の利益を害する危険性が高いので、予防的・形式的に規制を加える点にあるとされています(江頭憲治郎『株式会社法(第6版)』433頁参照)。

 

 それでは、競業、すなわち「会社の事業の部類に属する行為」とは何かという点が問題となります。この点、一般的には、当該会社が実際に行っている取引と、目的物(商品や業務内容等)及び市場(事業が行われている地域や商品の流通段階等)が現在又は将来において競合する取引とされています。

 例えば、関東地方において製パン業を営んでいた会社の代表取締役が、新たに関西地方でも会社を設立した上で同会社の代表取締役として製パン業を営んだ場合、地域が関東と関西とで異なるにしても、かねてより同代表取締役が関西進出を計画しておりその市場調査を具体的に進めていたなどの事情があったことなどから、当該会社の「営業の部類に属する」取引を行ったことに他ならないとして、競業避止義務違反にあたるとされました(東京地裁昭和56年3月26日判決)。他方、主たる製品を同じくする場合であっても、競業の関係が親会社と子会社との間に生じることにおいて、親会社の取締役がその子会社の取締役に就任して同種の事業を行うにつき、両者間の実質上の利害対立のおそれがないことから、競業避止義務違反とはならないとされました(大阪地裁昭和58年5月11日判決)。

 

 これらの裁判例からもわかるように、取締役の行為が競業避止義務に違反するかどうかの判断の基準に一律的なものがあるわけではなく、当該取引との競合関係が生じその結果会社の利益が害されるのか否か、という点を個別的事案ごとに、実質的・総合的に判断する必要があるといえます。

 なお、仮に取締役が競業避止義務に違反したとしても、その行為は無効とはならないと解されています。これは、仮に当該取締役の行為が無効になったとしても、当該会社ひいてはその株主からすれば何の利益も得られないからです。そこで、会社法356条1項1号違反があった場合には、当該取締役に対する損害賠償請求により対処するということが、法が予定しているところでもあります(会社法423条2項参照)。

 また、会社法356条1項及び365条1項の条文からも明らかですが、株主総会又は取締役会において「重要な事実」を開示しその承認を受けることができれば、仮に取締役の行為が競業にあたるとしても、違法ではないことはいうまでもありません。